いつの日か霧が晴れて

nay3の研究ノート

結果主義という落とし穴

今の自分よりも前に進もうとすることに価値がある

アドラー心理学との出会いによって目を開かれたことは沢山あるが、そのうちの1つは「今の自分よりも前に進もうとすることに価値がある」という考え方だ。他人との競争に勝つのではなく、昨日の自分のやらなかったことに取り組んだり、昨日できなかったことが少しできることになったりすることに価値を求めた方が幸せになれる、ということだ。大勢で広い道を一斉に歩いている中で、自分が周囲の人より少し先を歩くことがそんなに大事なことなのか。それよりも、人々の全体が前に進むことについて自分なりに貢献するというイメージを持つのが大事である。私はそんな風に受け取った。

なぜ衝撃を受けたのか

みんなが前に進むことに自分なりに貢献していくというイメージを肯定することに大きな抵抗感はなかった。しかし、これまでそのようなイメージを持つことができなかった理由があるような気がした。そこで自分が育ってきた環境について思い返したみたところ、そこが異なる価値観に満ちていたということに気づいた。そして、このイメージを持っていなかったことが、私の怒る習慣を助長してきたことにも気づいた。そこで、自分の子供に対しては別のアプローチを取ろうと努力している。この話はとても長くなるので、怒る習慣を助長してきたという話はまた別の記事で書くことにして、今回は自分の育ってきた環境についての分析や、自分が子育てで気をつけ始めた事柄について書いていきたいと思う。

私が育ってきた環境における価値観

私が育ってきた環境では、基本的に「結果」「成果」が重視されていたと思う。これを本記事では結果主義と呼ぶことにする。結果主義の基本的な考え方は次のようになる。

  • 基本的に努力よりも結果が大事である
  • 個人個人には結果によらず得るものもあるだろうが、社会的に重要なのは結果で、結果だけが評価される

このような考え方が必要になる場面もあると思う。たとえば会社もある程度そうだろう。目的がはっきりしている集団において、目的を達成できるかどうかは非常に重要なことであり、結果が出なくても頑張ったのだから良いとは言えないこともある。しかし、会社で必要なことと、人生に必要なことは異なる。会社などでの社会的な成功を人生の成功そのものと捉えて、この価値観を子供への教育にそのまま適用してしまうことは危ない。できることなら、社会的成功よりももっと広い観点で、人生を幸せに生きられる力を育てられることが理想的だろう。

だが、現実はそううまくは行かない。子供を社会的成功に導くために、家庭や学校を社会の縮図に近づけて、子供を「結果を評価するサイクル」の中で訓練するというやり方も割と一般的なように思う(ほかのアプローチを知らなければ、ほかにやりようもないことも事実だろう)。私の育ってきた家庭・学校の環境においても、結果的にそういう要素が割と強くなっていたのではないか、ということを最近感じている。

結果主義的な子育てのアプローチ

子供への教育に結果主義を適用するということは具体的には次のようなことを指している。

  • 子供の意欲や工夫ではなく、成果・実績に着目する。たとえば「何位だったの?」「褒められた?」「みんなは何点くらいだったの?」ということを知りたがる。
  • よい成果を褒め、悪い成果を残念がる。
  • 「挑戦したこと」「がんばったこと」「工夫したこと」ではなく「うまくいったこと」「他人よりも優れた結果を出したこと」を褒める。

私の育った家も、学校(特に小学校)も、概ねそんな感じだったと思う。当時はさして疑問には思わなかったが、思い返せば、今でも覚えているようなショックな出来事というのはあった。

  • はじめて5段階の成績表をもらったときに、私は図画工作が5で嬉しい気持ちでいたにも関わらず、図画工作しか5がなかったことを母がものすごく残念がり、私の目の前で長々と嘆いていたこと。
  • 25mを泳げるようになって間もない時期に小学校で選別的なことがあって、一応泳げるようになったので泳いだところ、まだ息もあがっている状態に追い討ちをかけるかのように、タイムが非常に遅かったことを先生に揶揄されたこと。

思い返せば、母や先生が結果主義に囚われていなければ、もっと別のアプローチが取れたことだろうと思う。

結果主義は努力をコストとみなし、才能を羨望する

結果が大事であるという価値観の中では、努力は、成果をあげるためのコストと見なされる傾向があるように思う。多くのお金を払ったのにそれに見合う価値を得られないことを人は経済的な「損」と考える。それになぞらえて、多くの努力をしたのに求める結果が得られないことを時間的な「損」と考えるのだ。

「損」の逆は「得」である。それでは、結果主義においての「得」は何か? それは、あまり努力をしないで多くの結果を得るということだ。だから、結果主義は「才能」の信奉へと向かいやすい傾向があるように思う。

具体的には、次のような価値観が生まれる。これを本記事では才能主義と呼んでおく。

  • 努力をそこまでしなくても結果が出せること("才能がある" こと)を最高の状態と考える。
  • 努力をして結果を出すことは、才能がないことは残念なものの、それにも関わらず努力で物事を成し遂げて偉大だと評価する。これを2番目に素晴らしい状態と考える。
  • 努力をしても結果が出ないことは一番最悪な避けたい事態だと考える。また、結果の出ない努力は、僅かな教訓や偶発的な収穫はあるものの、本質的に無価値だと考える。

例えば小学校などの学校において、勉強をしているということを他人に知られるのが恥ずかしいという感情を抱いた覚えのある人は多いだろう*1。勉強ばかりする人を揶揄するガリ勉というような言葉も存在する。私はこの中に、才能主義の影響を感じている。勉強をする必要があるということ自体が、大した才能がないことの証明のように感じられてしまうのである。*2

才能主義の家では、子供への接し方は次のような感じになる。

  • 子供が良い成果をあげたときは、才能を褒める。
  • 子供が良い成果をあげられなかったときは、才能がないことを残念がる。

これは、そうではない家に育った人にはほとんど喜劇に感じられるかもしれない。具体的には次のような感じになる。

  • (子供が良い成果を出した時)「あなたは本当に才能があるわね〜」「先祖の○○がやっぱりそういう才能があったのよ〜」「遺伝ね〜」
  • (子供の成果が期待はずれだった時)「おかしいわね〜、もう少しできると思ったのに〜」「どうしてかしら〜」「誰に似たのかしら〜」「○○の悪いところをもらってきちゃったわね」「遺伝ね〜」
  • (友達について)「大して頭良さそうでないのに成績いいのね」「あの子は頭いいわ、目つきが違うわ」「頭はそんなに良くなさそうだけど、性格はいいわよね」「○○の才能がありそうでよかったわよね」

結果主義・才能主義の子育ては「前に進む」ことを阻害する

結果主義・才能主義の薫陶を受けて育つと、人生を、努力という「コスト」を節約しながら成果という「果実」をなるべく多く得るゲームとして捉えるようになりやすいように思う。

これによって何が起きるか? たとえば次のようなことが起こりやすいのではないかと私は思っている。

  • 成果が出るか分からないことへの努力の「投資」をためらう。
  • 「努力」が苦手になる。好きなことであっても、地道な練習などをすることをイメージすると、それが好きではないように感じられてさえくる。
  • 努力をすることをやめることが楽しくて仕方がない(サボること、辞めることが楽しい)。
  • 少ない努力で多くの成果が得られることをやりたがる。(その結果、努力を通じて本来到達できたかもしれない本当に行きたかったところへ到達する機会を失う。)
  • 他人が成果の出そうもない努力をすることを親切心から阻止しようとする。
  • 他人によるまだ成果の出ていない努力を軽視したり、ひどい時には嘲笑したりする。

結果を出すことに囚われると、結果として前に進もうとすることを損ない、人生において本来進めたはずの距離を進めなくなってしまう。ただ自分にとっての「前」に進めばいいだけなのに、自分が無駄な努力をしているのではないか、損しているのではないか、損していると他人から揶揄されるのではないか、敗者とみられるのではないか、といったことを考えてしまう。それに、損失の危険ととなりあわせで努力をしているという考えは、努力そのものを辛く苦しいものにする。そして、真摯に(その人にとっての)「前」に進もうとしている他人を心から応援したり助けたりする機会をも逃してしまう。もしこのようなことが起きているとすれば、これは人生にとって大きな損失であるように思う。*3

子供への接し方と手応え

私には4歳の娘がいるが、娘の振る舞いの中にも、結果主義や才能主義につながる兆候を感じている。それは次のようなことだ。

  • 失敗することを怖がる。失敗するかもしれないからやらないでおこうと考える。
  • 練習することは、練習が必要だということが無能さの証明に感じられるため、嫌がる。練習は必要ないと主張したがる。
  • 人に教えられることは、無能さを感じることにつながるので嫌がる。教えられる必要はなく、すでにできている、上手であると主張する。または、自分は子供だからできなくても仕方がないと主張する。
  • 自分の知っていることを他人から教えられると立腹する。*4

私は自分の経験から、人に教わることができない人は社会で成功することが難しいということを知っている*5。また、結果だけにこだわることは、柔軟な心で色々なことを試すことを妨げ、適切に他人の助けになることをも妨げ、結果的に人生を損なうと感じていることは先に述べた。そのため、私はなんとか娘のマインドを違う方向へ導きたいと感じている。そこで、できるだけ次のような点に気をつけて接するようにしている。なお、これは私の育った家のやり方とは大きく違うため、実践にはかなり気をつける必要があり、たまに間違えたりもしている。

  • 結果ではなく、意欲や工夫に着目する。「うまくいったの?」ではなく「がんばったの?」「どんな工夫をしたの?」「怖かった?」というような感じ。
  • できたことではなく、やろうとしたことを褒める。*6 「がんばったね」「勇気を出したね」という感じ。
  • できなくても当たり前であること、練習が大事であること、自分も日々練習に取り組んでいる、ということを日常的に伝える。
  • 娘が不安に思っていることについては、やり方をイメージできるように具体的な話をしたり、練習すればできるようになるとか、練習を手伝うというようなイメージを伝える。

そのようにしている中で、先日、私にとってとても嬉しいことがあった。

娘は挨拶が苦手なのだが、娘が近所の親しい大人たちに「さようなら」とか「おやすみなさい」としっかり声をかけて別れたあとで、「ダンスで先生に教わった “みんなの気持ちをひとつにする” を使って挨拶をがんばってみたの」「自分のこころを使ってみたの」「練習してみたの」というようなことを言ってきたのだ!

まだまだ先は長いと思うが、娘が「予めできていること」ではなく「挑戦したこと」「練習したこと」にフォーカスしたアピールをしてきてくれたことがとても嬉しかった。自分の接し方の方向性について手応えを感じることができた。

結果主義と「怒り」

結果主義は、本ブログの主要なテーマである「怒り」とも深く関連していると思っている。怒りについて考える中で、私は怒りにはいくつかの種類があるということに気づいた。そして、私が「怒らない練習」に取り組む中で、まっさきに制御に成功しはじめたタイプの怒りが、結果主義とも深く関わるものだったのだ。今後の記事でそのことについて触れていきたいと思う。

*1:ちなみに、このような感情が生まれる構造を理解しない限り、単純に勉強量を競うようなソーシャルな学習系サービスはまずヒットしないと個人的には思っている。

*2:それ以外にも、抑圧的・閉鎖的な学校空間のなかで “良い子” と見なされるであることへの照れや恐怖のようなものの影響もあるとは思っている。

*3:余談だが、私は映画『ズートピア』で描かれている内容は、ここで書いたようなことにも通じる気がしている。例えば主題歌からは、成功や失敗を最終的なゴールとせず、挑戦し続けること、学び続けることに重きを置いていることが読み取れる。

*4:最近、こういう時になぜ怒るのかを聞き出すことに成功した。「偉そうに」言われるから腹がたったそうだ。

*5:これはアドラー心理学とは無関係で、会社のような組織で成功する上において非常に不利であるということをこれまでの経験から感じている。

*6:アドラー心理学では「褒める」ことを推奨していない。しかし私は、日本語の「褒める」という用語の指す範囲はアドラーの禁じる「褒める」よりも広いと考えており、アドラー心理学でいうところの共感に近いけれども子供の心を明るくするような言葉も日本語では褒めるに含まれると考えて、ここでは褒めるという用語を用いる。

怒りの文化についての考察

怒りの文化

以前書いた記事 怒る習慣はどこから来た? - いつの日か霧が晴れて で触れたとおり、私は、習慣として怒っている人たちの間には、ある種の共通的な文化があると感じている。この記事では、そのことを紹介してみたいと思う。

私がこの文化の存在に気づいたのは、アドラー心理学と出会うよりも2〜3年くらい前のことになる。(従って、このアイディアには必ずしもアドラー心理学に沿わないものも含まれているかもしれない。)

気づいた当初、私はこの文化に自分なりの名前をつけた。その名前は「怒り貨幣経済である。

「怒り貨幣経済」の特徴

私が思う「怒り貨幣経済」の特徴は次のようになる。

  • 習慣として怒っている人たちは、自分の怒りも他人の怒りも非常に気になる。怒りは基本的に着目すべき現象、解決されるべき問題だと考えている。
  • 誰かが怒っていることはある種の「チャレンジ(挑戦)」である。怒りに “正当性” があると認められれば怒った人の勝利。認められなければ怒った人の敗北。怒った人は、怒りを向けた相手から勝利の対価として謝罪・償いを得ることができる

私が貨幣経済という比喩を思いついたのは、このようにチャレンジして対価を得ようとする様子が一種の取引であって、「怒り」や「謝罪」を貨幣のように相互にやりとりすることで様々な不満や衝突を解決するアプローチであるからだ。このやりとりには、独特の節度があって、一種の洗練された共通的な手続き(プロトコル)がある。

その共通的なプロトコルとは、次のようなことである。

  • 誰かが怒りを表明してきたら、対応しなければならない。聞いてもよし、怒り返してもよし。スルーするということはNG。
  • 誰かが怒っており、怒りを向けられた人を含むその場の人たちによってその怒りに正当性が認められるとの判断が下された場合には、怒りを向けられた人は謝らなければならない。正当性を認めないならば、反論しなければならない。正当性を認めないのに謝るのは侮辱的な行為(ゲームでわざと負けるような行為)。正当性を認めるのに謝らないということは不正である(無銭飲食のような行為)。
  • 相手が謝ったならば、基本的には攻撃を止めなければならない。謝っている相手を叩き続けるのはNG。ただし、この原則の遵守は、怒りの深さや相手との関係性によって減免される場合がある。

「怒り貨幣経済」の住人は見分けやすい

この文化に染まっているかどうかは、日々の言動からすぐに読み取ることができる。私が思う「怒り貨幣経済」の住人の特徴は次のようになる。

  • 他人が怒っていることを常に気にしている。友達やパートナーに「怒っているか」をよく尋ねる。誰かが怒っているそぶりだと気になっていてもたってもいられなくなり、その誰かの怒りに正当性があるのかないのかについて第三者から意見を求めて回る。
  • 自分が怒るとき、その怒りの “正当性” が認められ、相手が間違いを認めて謝罪することの実現を目指す。それが得られるか、得られないと納得するまで怒り続けようとする。
  • 自分が怒る際には、怒る “正当性” があるかどうかを気にする。必要に応じて周囲に「こういう状況なのだけれど、怒ってもいいと思う?」といったリサーチを行う。十分な “正当性” がなかったと判断すれば、すでに感情的になっていても、怒りを引っ込めることができる。
  • 他人が謝ったかどうかを気にしている。謝るべきと自分が考えるシーンで他人が謝らないとき、強い不満(謝るべき相手が他人ならば義憤)を抱き、非難も辞さない。
  • 自分自身がよく謝る。謝るべき場面で謝らないという失点を避けようとする。
  • 他人に怒ることを勧めたり、自分が代わりに怒ったりする。
  • 怒ること自体を悪いことだと思っていない。正当性さえあれば、当然行うべき振る舞いだと考えている。自分の強さや正しさ、善意、独創性などの発露として自慢することさえある

念のため申し添えておきたいが、私はこのような怒り文化の中にいる人たちが悪いとは思っていない。嫌いでもない。このような文化の中にいるということは、ある種公正に礼儀正しく*1振る舞うことを誓っているということでもあると思う。

怒ることは賭け金を積むこと

住人の特徴にも挙げたとおり、この文化の中では、怒ることはそれ自体が悪いことだとは見なされていない。"正当性" のある怒りはむしろ正義であり、当然の権利とされている。ただし、怒りを表明した時点では、怒っている人は自分では怒りに “正当性” があると思っているが、相手がそれを受け入れるかわからないという状態となっている*2。怒りの表明によって、相手との間で “正当性” について審議するプロセスが開始され、審議の末に相手が納得してはじめて “正当性” が追認されることになる。このように、まず怒りを表明して、そのあとで審議がされ勝敗がつくという順序になるので、「怒り貨幣経済」において怒りを表明することというのはチャレンジ(挑戦)であり、ゲームにおいて賭け金を積むことに似ている。

ちなみに、最終的に “正当性” が認められないという可能性もある。その場合は、怒った人は、相手や周囲に迷惑をかけたことを謝罪しなければならない。チャレンジ失敗で賭け金を失うことになるわけである。なので、薄々敗北を悟っても、突っ張るという選択肢がとられることも多かったりする。このあたりの塩梅は、ポーカーなどにも似ている。怒り続ければ続けるほど、賭け金が多くなり、負けたときの被害が大きくなり、後退しづらくなるのだ。

「怒り貨幣経済」は世代間で受け継がれる

私の想像だが、「怒り貨幣経済」の住人たちの育った環境においては、おそらく「怒り貨幣経済」がシッカリと回っていたのではないかと思う。単に怒る人が身近にいるということだけではなく、怒りの表明 → 正当性の審議 → 勝敗の決着(誰かが謝る、誰が悪いか意見が一致する)という一連の活動が、規則的に、ある種の公平性を保って回っていたかどうかがポイントだと思うのだ。この一連の活動が回り続けるのを見ることで、怒りの文化についての信念が醸成されていくのである。*3

育った家の文化がそうであれば、自ずと自分が築く家庭の文化もそうなり、子供にも受け継がれていくことになりやすいのではないかと思っている。

「怒り貨幣経済」に染まっていると、それに属さない人のことが理解しづらい

自分の体験から感じるのだが、この怒りの文化に染まっていると、それが当たり前の世の中のルールのように感じられてしまい、このルールに沿って動かない人たちについて想像したり理解するのが難しくなる。たとえば、次のような行動をとる人たちについて理解・共感するのは難しくなる。

  • 自分が怒っても(文句・苦情を言っても)、聞いている感じではあるのに、謝らない人
  • 不愉快な気持ちを抱えているように見えるのに、それ以上押しては来ない人
  • 何をされても怒らないように見える人
  • 怒ること自体に文脈によらず批判的な人
  • 怒ることにいつも共感を示さない人

こういった人たちに対して、怒り文化の人が怒ったときには、相手がプロトコルに沿った対応をしてくれないために、怒り感情の回収の目処が立たずに苦労することもある。

しかし、だからといって、怒りの文化の人がこういった怒り文化圏外の人たちのことを嫌いになったり、付き合わないということでは必ずしもない。むしろ逆で、怒りの文化の人自身は他人から怒りを向けられることが非常に大きなストレスになる*4ことも多いので、「自分と同じような仕組みでは自分に対して怒ってこない」ような相手に対しては、特別に素晴らしい価値を感じたりもすると思う。

まとめ

以上のように、本記事では、長年私の脳内で温めてきた怒りの文化の存在について書いてみた。私はこれまで出会った人たちに対する観察を踏まえて、これがある程度普遍性があるのではないかという想像のもとに書いているが、もともとは私の育った家のシステムに取材しているので、ひょっとしたらある特定の一家の話に過ぎないのかもしれない。

私自身は、怒りを利用しない自分になるということを目指しているので、この文化が怒りを利用する生活習慣を助長するという点については良くないと今は考えている。怒りを取引に使わなくても、言語をつかって穏やかに話し合いを行うことが可能なはずだと信じている(実践は練習中)。この文化に染まった人は、他人もこの文化の中にいると信じ込みやすく、文化の外側から自分の振る舞いを見てみることがとても難しい。これは、文化の中にいる人にとっても、外にいる人にとっても、不幸なことだと思う。このような考察が、文化の壁を超えてお互いを理解しあうということの一助になったら嬉しいと考えている。

*1:この文化の中では礼儀正しく怒ることが求められるのに対して、怒ることがそもそも礼儀正しくないという発想が存在しないことは大変興味深いと今では感じる。

*2:アドラー心理学的に言えば、相手に自分の意見の正当性を受け入れさせるための手段として、怒るいう手段を取っているということになるだろう。

*3:怒る人が身近にいても、一連の活動が規律を持って回っていなかった場合には、怒りの文化についての信念の醸成には至らないように思われる。

*4:自分は怒っておきながら他人から怒られることが強いストレスになるというのは、余人から見れば不思議かもしれない。基本的に怒り文化の人は、文化的な縛りによって、怒りを向けられた場合にスルーすることが難しいため、強いストレスに感じやすいのだと考えている。

子供への接し方を変えてみた

子供の教育

前記事 怒る習慣はどこから来た? - いつの日か霧が晴れて で書いたように、私は「怒るほうが都合が良ければ、怒ることを気に入る」という仮説に辿り着いた。そこで、私はこの仮説を、自分にとってのもう一つの重要課題である、子供の教育に役立てようと考えた。

娘は4歳になるが、よく怒る。怒るときのパワーは非常に激しい。2歳くらいにはそういう傾向がはっきりしていたので、ある程度、子供の生まれついての性質というものも否定できないとは思っている(これは自分についても言える)。ただ、私の実家では、怒りっぽさはすべて生まれついての性質だとして怒りについて教育を施すという観点が希薄だったが、私は今は教育ということに可能性を見いだしている。

勇気づけと「怒り」

アドラー心理学では、子供に対して*1「勇気づけ」を行うことが推奨される。これは、(子供が自立した大人になるにあたって)望ましくない状況の背景には、子供が勇気を挫かれているということが潜んでおり、親が「勇気づけ」をしていくことで自信や貢献感を持てるように助けることができるという考え方だ。

私は、この方法を娘の怒りに関わる教育にも使っていけると感じた。この方法を実践するにあたっては、ステップを次の2つに分解できる。

  1. どのように勇気を挫かれているから、怒りを用いるのか?
  2. どのような勇気づけをすれば怒りの利用を減らすのに効果があるか?

怒らない勇気

最初のステップとして、怒りを用いることが、勇気を挫かれていることと結びついているかということを考えた。すると「怒るほうが都合が良ければ、怒ることを気に入る」という私が発見した構造の裏にも、たしかにこの勇気を挫かれている構造があるように思えた。

  • 子供時代の自分を思い返したとき、私は穏やかな会話だけで自分の意を通せるという見通しを持っていなかったことに気づいた。相手にうまく伝わらないかもしれない。馬鹿にされて恥ずかしい思いをするかもしれない。否定されるかもしれない。取り合ってもらえないかもしれない。あるいは、相手が急に怒り出すかもしれない。"自分が怒らないで話してもきっとうまくはいかないだろう。" …これは、たしかに勇気を挫かれていたと言えるかもしれない。
  • 実家では、仮に穏やかに主張する子供と、怒りで主張する子供が兄弟二人で主張を争ったとすれば、つねに怒りで主張するほうが有利だったろうという想像をすることができる。怒っているほうがより真剣に困っており、妥協の余地がなく、正当性があるように見えるからだ。それに、仲裁する人の求めていることは平和になることなので、騒いでいる人に静かになってもらうことが主要な目的になる。こういった点でも、怒りを使わない行動をすることについて勇気を挫かれていたかもしれない。
  • また、全般的に、自分のネガティブな気持ちを伝えるということについて勇気を挫かれたままの状況に置かれていたというふうにも感じている。例えば、不快な思いをしたり、傷ついたときに、それを穏やかに伝えることは常に難しかった。今でも難しい。これは、伝えること自体が自尊心を傷つけ、無力感につながる上に、伝えた結果、さらに自尊心が傷つくリスクが多分にあったからだと考えている。
  • つまり、「怒らない勇気」が足りない状態だったと見ることができる。*2

これらの「勇気を挫かれている状況の仮説」を、2つめのステップにつなげることができる。娘を怒る習慣から遠ざけるために、どんな勇気づけをして行こうか?ということだ。

  • 自分が怒らなくても丁寧に話を聞いてもらえる、尊重してもらえるという見通しが持てるように勇気づける。
  • 怒らないで行動することに価値や自信を持てるように勇気づける。
  • 自分の気持ちを言うことが自分の価値を損なわず、家族に歓迎されると感じることができるように勇気づける。(もちろん、これは家族から最終的に自分の期待した反応が得られるという体験を提供するいう意味ではない。歓迎はされるけれども、意見が一致しないこともあり、それでOKなのだということを学んで行く必要がある。)

親である私や夫が意識的にこういった勇気づけに取り組めば、そうでない場合に比べて怒りを使う必要性は低くなり、怒りを使わないことを選択しやすくなるはずだ。私はそのように信じることにした。

接し方の基本方針

具体的に娘への接し方を変えるにあたって、基本方針としては、アドラー心理学的にも推奨される、子供と丁寧にコミュニケーションするという方法を目指すことにした。

これは、世に言う「子供の話を良く聞いてあげましょう」といった情報と似ているが、それとは少し違うかもしれない。どちらかというと「子供だからといって軽く見ずに、一人の人間として尊重してコミュニケーションをしましょう」ということに近い。核心となるのは「相手の話を根気よく聞いて、丁寧に自分の考えを答える。一方的にねじ伏せない。」ということだ。

ちなみに、この「ねじ伏せない」ということは、アドラー心理学で言われるところの「叱らない」にも通じる。「叱らない」という話は奥深く、接し方を変え始めた当初は良く分からなかったものの、最近では感覚がわかってきたりしているので、また別の記事として書いていきたいと思う。

娘の話を丁寧に聞く

基本方針に沿って、私は具体的に娘への接し方を変えていった。まず心がけたのが、話を丁寧に聞くことだ。

接し方を変え始めた頃までは、娘は「話を聞いて」「自分が話そうとしたのにママが話している」ということを強く抗議することが多かった。私は話を聞いていない自覚はまったくなかったが、今思うと、私は話を聞こうとしていたのではなく、問題を解決しようとしていた。

例えば、娘が「靴下が…」といえば、「靴下がどうしたのか、自分はなにをしたらよいのか?」を1分1秒でもはやく把握したくて躍起になった。その結果、娘が話すことを遮って自分が話し始めたりしてしまうのである。

今でもこれを完全に押さえ込めたわけではないが、自分のフォーカスを「問題を解決すること」ではなく「聞くこと」「聞いてもらったと感じてもらうこと」「相手にちゃんと話をしてもらうこと」に合わせる努力をするようになった。

最近では、「話を聞いて」「自分が話そうとしたのにママが話している」という類の抗議は、以前と比較すればだいぶ減ってきたように感じる。

夫と協力して進める

アドラー心理学の本を読む以前は、夫婦で娘への接し方を相談するということはかなり少なかった。夫婦の間に共通の方針はなく、お互いの許容範囲から外れる状況がもしあれば、相手に少し言ってみるといったやり方だったと思う。

その状況は、ガラリと変わった。私は夫に、娘を怒る習慣から遠ざけるためのアイディアをどんどん話した。夫も強い興味を持って話を聞いてくれた。

その上で、夫の娘への接し方について、たまに個別にフィードバックをしたりするようにもなった。たとえば、娘がTVをみたいとか、お菓子を食べたいとか主張するときに、ただ「ダメ〜」「もうおしまい〜」と言うのではなくて、そう思う理由を伝えたりすると良いのではないか、というようなことを。

このように、共通の方針のもとでお互いにフィードバックできる体制になりつつあることは、娘の教育効果を高める上でも、夫婦の連帯感を強くする上でも、とても良い変化であると感じている。

娘の変化

接し方を変えてみて、娘は変わってきたなと感じている。*3

例えば次のようなところが変わってきている気がしている。

  • 前よりも自分の考えや気持ちをよく話すようになった
  • 前よりも親の言うことに納得するようになった
  • 希望的観測かもしれないが、怒る頻度が前よりは少なくなった
  • 希望的観測かもしれないが、以前なら怒っていたようなケースで踏みとどまることが増えてきた

ただ、頻度は以前より減った気がするものの、いったん怒りモードになると非常に激しいということは引き続き悩みの種だ。

強い怒りの底には言えない一言が隠れている

娘は例えば往来で激しく怒り出すことがたまにある。

そういう場合は、以前なら適当なタイミングで怒鳴って強引に自宅まで抱えて運んだりしていた。アドラー心理学を学んでからは、自分が怒りを使って子供をねじ伏せるということは長期的には問題を悪化させると理解したので、最近はその場に踏みとどまって、ひたすら根気よく穏やかに丁寧に対応し続けるようにしている。

怒りモードの娘とのやりとりは、次のような感じだ。

娘「○×した。ママが悪い! 謝って!」*4

私「○×していないし、していたとしても悪くないと思う。謝らない。あなたがそんなふうに振る舞うのは良くないことだと思うよ。」

だいたいこのような会話(相手は怒って暴れている状態)を30分以上ただ繰り返すことになったりする。周囲には迷惑な感じになるのが困るけれども、できるだけ腰を据えて対応し続けることにしている。

辛抱強くこれを繰り返していると、娘の様子が変わってくるタイミングがある。本当の気持ちを言おうとするようなそぶりが出てくるのだ。やがて、本当の気持ちをポツンと言う。「〜が悲しかったの」とか「〜がわからなかったの」とか、そういう話が出てくる。

これが出ると、怒りモードは終わる。私は「そうだったの、よく言ってくれたね」というような感じでギュっとする。娘は急激に落ち着き、次の瞬間にはもう違う会話が始まることもある。

この、暴れた末に最後に出てくる「本当の気持ち」を、早い段階で勇気を持って言い出せることが一つの目標になるんだろうなという気がしている。

*1:実際は子供に対してだけでなく、他者全般に対しても言えることだと思うが、この記事では子供の教育について話すので、ひとまず子供に対する行動として書いていく。

*2:逆に「怒る勇気」に関しては十二分に勇気づけられてきたと言えるかもしれない。

*3:もちろん、接し方を変えていなくても、自然に成長もしているはずなので、なにがどのように効果があったかを知ることは難しいのだが。

*4:この"相手が悪い・謝れ" 攻撃そのものも大変興味深く、懸念があるが、それについては別の記事で触れていきたいと思う。

怒る習慣はどこから来た?

怒りを作り出す目的を探る

前記事 アドラー心理学と「怒り」 - いつの日か霧が晴れて で書いたとおり、私は “もっと怒らないようになりたい” という願望を持っていた。アドラー心理学の本を読みふけることで、私はその願いが実現可能であることに気づいた。アドラー心理学によれば、私が怒るのは、私自身の目的を達成するためだという。

いったい私は何のために怒りを作り出しているのか?

アドラー心理学には、人が何のために怒るのかについても豊富な示唆があり、私も色々なことを考えた。この記事では、自分の怒りの目的について考えたときに、真っ先に心にのぼってきたことについて書きたいと思う。

ライフスタイルの選択

アドラー心理学では、人は自ら生き方を選ぶとされる。この生き方は「ライフスタイル」と呼ばれる。ライフスタイルを選ぶ年齢は10歳前後とされているから、私もその頃に「怒りを作り出して利用していく(ことを要素として含む)ライフスタイル」を自ら選択したということが考えられる。

ここでいう「怒りを作り出して利用していく(怒る)こと」は、人と並んで歩くときに右側を歩きたいかどうかとか、買い物に行く時にエコバッグを持っていくかとか、そういう何らかの好みや作戦のようなものに似ていると見ることができる。そういう意味で、怒ることはある種の生活習慣のようなものとも言えるだろう。

それでは、なぜ私は怒るという生活習慣が気に入り、それを使い続けるライフスタイルを選択したのだろうか?

アドラー心理学の本を読みながら、真っ先に気になったのは、子供時代のことだった。

原点 - 実家における「怒り」の利用価値

まず、「怒り」の探求 - いつの日か霧が晴れて で紹介したように、私の実家では家族がよく怒っており、怒るということは人間の天然の素質や性格であると考えられていた。アドラー心理学を読んだ後では、怒るということは良くない生活習慣のひとつ位に思えてくるが、当時の実家ではそのような考えは一般的ではなかった。

  • 怒りやすい性格であるか(だから仕方ない)
  • 怒ることが理解できる状況であるか(だから仕方ない)
  • 怒った理由に正当性があるか(だから当然だ)
  • 怒りの感情が解決されるかどうか

こういったことのほうが常に家の人々の関心事だったといえる。*1

このように、家族が「怒り」に慣れきっており、互いが「怒り」を利用することを自然・当然なことと考えていたことは、私が「怒り」を使うライフスタイルを選択することになった重要な背景だと思う。

ただし、それはあくまでも背景であって、動機としては弱い。さらに考えているうちに、私はもう一つ、重要な手がかりに気づいた。

それは、怒ったほうが自分の意を通しやすいという構造の存在だ。

手っ取り早く自分の意を通すために

よくよく実家の光景を考えてみると、特に母に対しては*2、自分が何かを言ったとしても自分の期待どおりに話を聞いてもらえるとは限らなかった。生返事が返ってくることも多かったし、あっという間に別の話に変えられることもあった。ほかの家族に話をとられもした。あるいは、次から次へと不要な提案やちょっとした干渉が降ってきて、ひとつひとつ返事をしても果てがないように感じられることもあった。そんな中で、語気を荒げたり、声を大きくするということは、「ちょっと真面目に話を聞いてちょうだい」「これは私にとって大事な問題なので、注目してちょうだい」あるいは「本当にもう話を切り上げたい気持ちなので静かにして」というようなマーカーの作用を持っていたと思う。思い返せば、家族はみなこのマーカーを使っていたのではないかという気がする。そのようなマーカーが出現すると、ほかの家族は注意を向けて丁寧に話を聞いたり、相手の気持ちを尊重して引き下がるという具合に態度を変えることが普通だった。

この光景を思い出したとき、私は、自分が怒りを使うようになった最初のきっかけを掴んだと思った。根気づよく穏やかに会話によって解決するよりも、ここぞという場面に的を絞って「怒り」を使うほうが、効率よく家族の注意を引き寄せ、話を聞いてもらったり、相手の行動を変えてもらうといった欲求を達成できたのだ。

子供を「怒り」という生活習慣から遠ざけるために

「効率がよかったから、怒るという生活習慣が気に入った」というこの仮説を思い付いた途端、私はこれがとても重要なアイディアであることに気づいた。前に述べたとおり、私は自分の子供を、怒るという生活習慣からできるだけ遠ざけたいと願っている。もしもこの仮説に妥当性があるならば、親として私がとるべき道は明らかだ。

子供に「怒るほうが効率が良い」と感じさせなければ良いのだ。

そのために親はどうすればいいのか? 私は実際に子供への接し方をどのように変えていったのか? という話を、次回の記事で書いて行きたいと思う。

*1:私は「怒り」に対してこのようなアプローチを人々の間で共有する文化があると感じており、その文化にひそかにオリジナルの名前を付けている。これについてはぜひ別の記事で紹介したい。

*2:いまは何の責める気持ちもなく、むしろ自分が近い状況にあり、参考になるとすら感じている。

アドラー心理学と「怒り」

アドラー心理学の衝撃

前回の記事(「怒り」の探求 - いつの日か霧が晴れて )で書いたように、怒りが自分の人生に与える影響について悩むようになっていた私は、岸見一郎氏の著作を通じたアドラー心理学との出会いによって、大きなヒントを得ることになった。そこで、それが具体的にどんなヒントだったのかをご紹介したいと思う。

「怒り」は出し入れできる道具である

アドラー心理学における「怒り」を理解する上で、基本的な前提となるのは「怒りは出し入れできる道具である」という考え方だ。岸見氏の著作では、このことに関連して、次のような情報が繰り返し示される。

  • 激しく怒っている最中の人は、無関係の電話がかかってくれば落ち着いた声色で対応をして、電話が終ったらまた怒りだす。怒りが出し入れできる道具でないのなら、そんなことは出来ないはずだ。
  • 悲しみ、失望といった感情が1次感情であるとすれば、怒りはそれらをもとに発生する2次的な感情である。
  • つまり、怒りは自然発生するものではなく、目的を達成するために人が作り出すものである。
  • ついカッとなって」「怒りのあまりつい」というように、怒りを自分ではどうすることもできない自然現象として行動の弁解をする場面が散見されるが、これは実はおかしい。「怒りのあまり、声を荒げてしまった」と言っている人は、本当は「声を荒げるために、怒りを作った」のである。

これらの情報は、砂に染み込む水のように、すごい勢いで私の中に浸透して行った。

私は半ばそれを知っていた

私にとって、アドラーの「怒り」についての見解を知るということは新しい体験だったが、読みながら、私は半ばそれを知っていた、というような感覚に捉えられていた。それは、以前から次のようなことを知覚していたからだ。

  • 私が怒ったこれまでシーンで、多くの場合に「怒ってもよいか」を判断するフェーズを挟んでいたような自覚があった*1。それはつまり、まさに怒りは2次的な感情であって、私が怒りを生成するかどうかを決めていることの証左と言える。
  • 怒った他人(例えば母)が「怒り」を出し入れしているシーンは沢山見ていた。たしかに「怒り」は出し入れできる。

しかし、あくまでも私が知っていたのはそこまでだった。残りの半分については、アドラー心理学が初めて私の目をひらいてくれた。その半分とは、人は目的を達成するために怒りを作り出すという部分である。

目的論という衝撃

そもそも、アドラーは別段「怒り」に主にフォーカスしているわけではない。アドラーは「人間は原因があるから現在のようであるわけではない。目的のために現在のありようを自ら選択している。」ということを主張している。育った環境や過去のトラウマに着目して原因を分析する「原因論」に対する「目的論」である。

怒りについても、この全体的な「目的論」の文脈の中で「怒りが人為的に作られるものであるということは、人が目的のために作っているのだ」という話になる。

目的論自体も、怒りについてのこの洞察も、ともに私にとっては非常に興味深く、まさにライフチェンジングだった。

じゃあ、目的ってなんだ???

怒りについての私の悩みのひとつは「私はよく怒りを感じる。そのために、物事がスムーズでない。できることならば、もっと怒らないようになりたい。せめて、怒ったときの対処を学びたい。*2」というものだった。

「怒り」を私が意図的に生み出しているのであれば、「怒らないようになりたい」という願いは、決して夢物語ではない。十分に実現可能な目標だ。

しかしそのためには、私がどんな目的を達成しようとして怒りを生み出すのかを知る必要がある。幸い、アドラー心理学の本には、私が怒りを生み出す目的についての示唆も豊富にあって、私の研究はたいへんはかどることになる。それについては今後の記事で紹介していくことにしたい。

*1:この判断フェーズを自覚できるということは、怒りについての、ある私独自の研究とつながっている。これについては別の記事で書いていきたい。

*2:今では、怒ったときの対処というのは本質的ではなく効果も薄いもので、怒らないようになるのが最高の解決方法だと私は考えている。

「怒り」の探求

怒りやすい自分

世間一般の基準でいえば、私は怒りやすい性質だと思う。

幼い頃、両親に面白そうに「瞬間湯沸かし器ね」と揶揄されたのを覚えている。*1

幼稚園、小学校とステージが変わるごとに昔の友達に「穏やかになったね」と言われていたことも覚えている。

こういうことについて、大学くらいまでは、単なる個性としてそこまで気にも留めていなかった。家族と同じ程度の怒りん坊だったし、むしろ、成長してからは家族の中では比較的怒らないほうに分類できるくらいになったので、特に気にすることはなかった。

怒りの家

私の生まれ育った家では、夕食前になると、たいてい母や子供たちの誰かが怒っていた。それも毎日。

別に、虐待などの問題があったというわけではまったくない。良識ある両親、そこそこ自由な教育方針。わたし自身は生まれ育った家を懐かしく感じるし、愛情も、感謝もある。

しかしながら、とにかく夕食前になると、誰も怒らないで済ませるというのは難しかった。

どうしてそうなるのか、説明しないとピンとこないだろうから、特に誰かを責める意図はないが、典型的なメカニズムを説明しておく。

  • 夕食前は、各自のお腹が空く。おそらく血糖値が下がるタイプの遺伝的性質があり、いわば、沸点が低くなっている。
  • 専業主婦の母は、持病のある父と3人の娘を抱えてひとりで家事をこなすことに慢性的に疲労とストレスを抱えている。その中で、疲労も溜まってくる夕方以降に、夕食を支度するということはストレスの強い仕事である。
  • 夕食の支度をしている母はしばらく「まだ遊んでていいわよ。手伝ってもらうことはない」というメッセージを発する。しかしあるとき「これ運んで」「あれを持ってきて」という依頼が発せられる。このような依頼は、声色がすでに怒気をはらんでいることが大半だ。家はこのときから怒りの予兆、張りつめた緊張感に満たされる。
  • 子供が「ちょっと待って」と待たせたると、母の潜在的怒りゲージの目盛りを進めることになる。
  • 子供の側も沸点が低くなっているので、母の言動によっては「何ぴりぴりしてるの」とか「だからさっきやろうかって言ったじゃない」「"あれ"じゃ分からないでしょ」といった怒りメッセージを発することになる。そうなると相互的な戦争状態となる。
  • 子供が運ぶものを間違ったり、なにかをこぼすドジを踏んだりすると、母の怒りが爆発し、災害状態となる。

それでも大抵の場合は、夕食を食べ終わる頃には怒りの嵐は去り、平穏な家族団らんが訪れる。

最初の結婚ではナチュラルに怒っていた

私は二度結婚をしているが、最初の結婚では、実家の文化そのままにナチュラルに怒っていた。

いわゆる「察してちゃん」な怒り方も沢山していた記憶がある。

二回目の結婚では、婚家が異世界だった

怒りについての私の考えを変える最初のきっかけとなったのは二回目の結婚だった。

なぜなら、旦那さんの実家では、夕食前になっても、誰も怒っていないからだ。

息子たちが配膳を一切手伝わなくても、お義母さんは別に怒らない。(必要があれば頼むのだと思うが、そんなに頼んでいるところを見たことはない。そしてお義父さんは手伝っている。)

嫁(私のことだ)が年末に帰省した途端、東京での飲み過ぎが原因で二日酔いで寝込んでも、嫌味ひとつなく何とおかゆをつくってくれる(穴があったら地球の反対側へ行きたい気持ちだった…)。これまでそのことを一度もからかわれたこともない。ましてや、毎度の帰省で、些細なことであっても何かを言われたりとかも一切ない。忙しいそうなときにPCをいじってても小説を読んでても嫌味などは言われない。

いったいこれはどういうことなのか…。

旦那さん実家への帰省を繰り返すうちに、私は事実を受け入れ始めた。「世の中には、うちの実家とは根本的に違うスタイルの家があるんだ」という当たり前の事実を。

会社を作ったら、怒りの問題を解決したくなった

怒りの問題を解決したくなった2つめのきっかけは、私が会社を作ったことだ。正確にいえば、作った瞬間にそんな風に思ったわけではない。会社を作り、企業活動をして行く中で、「私の怒り」が邪魔になっていることをどんどん感じるようになっていったのだ。

事例は色々上げられると思うが、いったんこの記事では省きたいと思う。

ざっくりいって、会社は社長の器以上には良くならない。会社を良くするには自分が変わるしかない。という論理で、私の中で、会社の成長/成功と自分の精神的成熟がリンクした状態になっている。

娘の教育

怒りの問題を解決したくなった3つめのきっかけは、娘が生まれて、成長してきたことだ(現在4歳)。

この娘はとてもよく怒る。

このまま工夫もせずに育てれば、私のような(あるいは私よりも)、よく怒る大人になることだろう。

それは私としてはできれば防ぎたい。そのほうが社会的にうまくいくし、本人にとってもより良いことだと信じている。

「怒り」への探究心が生まれた

そんなわけで、私は「怒り」への探究心を持つようになっていた。

とはいえ、今日から怒るのをやめよう、というふうに簡単に変われるものではない。最悪は「死ぬまでに解決できればいいか。今生のテーマだと割り切ろう」とも思っていた。

しかし、昨年秋頃にアドラー心理学と出会って、事態は急変する。出会いはマネージメントの本だった。その中でわずかにアドラー心理学について引用されていたのを見て、これだと思ったのを覚えている。たぶん「怒りは目的のために作られる道具」といったようなキーワードを見かけたのだと思う。

アドラー心理学の衝撃

そこで、アドラー心理学の本を立て続けに買って読んだ。基礎を知るために特に役に立ったのは アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書) だった。以来、岸見さんの本を片っ端から読んだ。*2

詳しくはほかの記事に譲るとして、このときの “ハイパーアドラー月間” を境に、私の「怒り」の探求は大きくはかどることになった。アドラー心理学には私の求めていたヒント、あるいは、答えがあったと今でも感じている。

あまりに大きな変化が訪れたので、これからこのブログで、考えたことを色々残していきたいと思う。

*1:今になって思うこととしては、彼らは面白がっている場合ではなくて、具体的な訓練を施すことを試みたほうがよかった。

*2:読むだけでなく、会う人ごとに片っ端から伝道していった。この記事を執筆している時点で、10冊以上の売上に貢献したことは間違いないだろう。