読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いつの日か霧が晴れて

nay3の研究ノート

「怒り」の探求

怒りやすい自分

世間一般の基準でいえば、私は怒りやすい性質だと思う。

幼い頃、両親に面白そうに「瞬間湯沸かし器ね」と揶揄されたのを覚えている。*1

幼稚園、小学校とステージが変わるごとに昔の友達に「穏やかになったね」と言われていたことも覚えている。

こういうことについて、大学くらいまでは、単なる個性としてそこまで気にも留めていなかった。家族と同じ程度の怒りん坊だったし、むしろ、成長してからは家族の中では比較的怒らないほうに分類できるくらいになったので、特に気にすることはなかった。

怒りの家

私の生まれ育った家では、夕食前になると、たいてい母や子供たちの誰かが怒っていた。それも毎日。

別に、虐待などの問題があったというわけではまったくない。良識ある両親、そこそこ自由な教育方針。わたし自身は生まれ育った家を懐かしく感じるし、愛情も、感謝もある。

しかしながら、とにかく夕食前になると、誰も怒らないで済ませるというのは難しかった。

どうしてそうなるのか、説明しないとピンとこないだろうから、特に誰かを責める意図はないが、典型的なメカニズムを説明しておく。

  • 夕食前は、各自のお腹が空く。おそらく血糖値が下がるタイプの遺伝的性質があり、いわば、沸点が低くなっている。
  • 専業主婦の母は、持病のある父と3人の娘を抱えてひとりで家事をこなすことに慢性的に疲労とストレスを抱えている。その中で、疲労も溜まってくる夕方以降に、夕食を支度するということはストレスの強い仕事である。
  • 夕食の支度をしている母はしばらく「まだ遊んでていいわよ。手伝ってもらうことはない」というメッセージを発する。しかしあるとき「これ運んで」「あれを持ってきて」という依頼が発せられる。このような依頼は、声色がすでに怒気をはらんでいることが大半だ。家はこのときから怒りの予兆、張りつめた緊張感に満たされる。
  • 子供が「ちょっと待って」と待たせたると、母の潜在的怒りゲージの目盛りを進めることになる。
  • 子供の側も沸点が低くなっているので、母の言動によっては「何ぴりぴりしてるの」とか「だからさっきやろうかって言ったじゃない」「"あれ"じゃ分からないでしょ」といった怒りメッセージを発することになる。そうなると相互的な戦争状態となる。
  • 子供が運ぶものを間違ったり、なにかをこぼすドジを踏んだりすると、母の怒りが爆発し、災害状態となる。

それでも大抵の場合は、夕食を食べ終わる頃には怒りの嵐は去り、平穏な家族団らんが訪れる。

最初の結婚ではナチュラルに怒っていた

私は二度結婚をしているが、最初の結婚では、実家の文化そのままにナチュラルに怒っていた。

いわゆる「察してちゃん」な怒り方も沢山していた記憶がある。

二回目の結婚では、婚家が異世界だった

怒りについての私の考えを変える最初のきっかけとなったのは二回目の結婚だった。

なぜなら、旦那さんの実家では、夕食前になっても、誰も怒っていないからだ。

息子たちが配膳を一切手伝わなくても、お義母さんは別に怒らない。(必要があれば頼むのだと思うが、そんなに頼んでいるところを見たことはない。そしてお義父さんは手伝っている。)

嫁(私のことだ)が年末に帰省した途端、東京での飲み過ぎが原因で二日酔いで寝込んでも、嫌味ひとつなく何とおかゆをつくってくれる(穴があったら地球の反対側へ行きたい気持ちだった…)。これまでそのことを一度もからかわれたこともない。ましてや、毎度の帰省で、些細なことであっても何かを言われたりとかも一切ない。忙しいそうなときにPCをいじってても小説を読んでても嫌味などは言われない。

いったいこれはどういうことなのか…。

旦那さん実家への帰省を繰り返すうちに、私は事実を受け入れ始めた。「世の中には、うちの実家とは根本的に違うスタイルの家があるんだ」という当たり前の事実を。

会社を作ったら、怒りの問題を解決したくなった

怒りの問題を解決したくなった2つめのきっかけは、私が会社を作ったことだ。正確にいえば、作った瞬間にそんな風に思ったわけではない。会社を作り、企業活動をして行く中で、「私の怒り」が邪魔になっていることをどんどん感じるようになっていったのだ。

事例は色々上げられると思うが、いったんこの記事では省きたいと思う。

ざっくりいって、会社は社長の器以上には良くならない。会社を良くするには自分が変わるしかない。という論理で、私の中で、会社の成長/成功と自分の精神的成熟がリンクした状態になっている。

娘の教育

怒りの問題を解決したくなった3つめのきっかけは、娘が生まれて、成長してきたことだ(現在4歳)。

この娘はとてもよく怒る。

このまま工夫もせずに育てれば、私のような(あるいは私よりも)、よく怒る大人になることだろう。

それは私としてはできれば防ぎたい。そのほうが社会的にうまくいくし、本人にとってもより良いことだと信じている。

「怒り」への探究心が生まれた

そんなわけで、私は「怒り」への探究心を持つようになっていた。

とはいえ、今日から怒るのをやめよう、というふうに簡単に変われるものではない。最悪は「死ぬまでに解決できればいいか。今生のテーマだと割り切ろう」とも思っていた。

しかし、昨年秋頃にアドラー心理学と出会って、事態は急変する。出会いはマネージメントの本だった。その中でわずかにアドラー心理学について引用されていたのを見て、これだと思ったのを覚えている。たぶん「怒りは目的のために作られる道具」といったようなキーワードを見かけたのだと思う。

アドラー心理学の衝撃

そこで、アドラー心理学の本を立て続けに買って読んだ。基礎を知るために特に役に立ったのは アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書) だった。以来、岸見さんの本を片っ端から読んだ。*2

詳しくはほかの記事に譲るとして、このときの “ハイパーアドラー月間” を境に、私の「怒り」の探求は大きくはかどることになった。アドラー心理学には私の求めていたヒント、あるいは、答えがあったと今でも感じている。

あまりに大きな変化が訪れたので、これからこのブログで、考えたことを色々残していきたいと思う。

*1:今になって思うこととしては、彼らは面白がっている場合ではなくて、具体的な訓練を施すことを試みたほうがよかった。

*2:読むだけでなく、会う人ごとに片っ端から伝道していった。この記事を執筆している時点で、10冊以上の売上に貢献したことは間違いないだろう。